短期間頻出するヒグマ—学習と執着が招く高リスク
羅臼岳の登山道に、親子のヒグマが頻出している。
その事案を目の当たりにして、2023年に北海道渡島半島南西部、松前町と上ノ国町との境にある「大千軒岳」で立て続けに起きた事故を思い返していた。
2023年の「大千軒岳」での事故は、単独の登山者の大学生がヒグマに襲われ、その2日後に、複数名で登山していたグループを襲撃したという事例。
最初に襲われた大学生について、何が起因しての事故だったのかが明らかにはされていないため不確実であるが、その後のヒグマの行動結果から推察してみたいと思う。
また、この推察などは、変に不安を煽るわけでも、登山行為などを問題視するのではなく、後学のために記すものである。
登山だけではない。アウトドアをする人だけでなく、家庭菜園などどんな人にでも当てはまることがあると考えております。
■ヒグマの行動からみた事故
ヒグマが生き物を絶命させる場合、大きく分けて3つのパターンがあると思っている。
・事故(鉢合わせてしまった、遊んでいるつもりだった)
・自分に危機が迫った場合(緊急避難的行動)
・目的達成(捕食や繁殖など)のため
この3つだ。
もちろん細分化することもできるだろうが、ここでは3つの大枠に振るとする。
では、「大千軒岳」ではどんな動きがあったのか。
発見されたとき、「体の上に土や枝が乗っかっていた」という報道があった。
ヒグマが食料を保管するときに見られる状況である。
いわゆる「土饅頭」と言われる状態だ。
合わせてこのような報道もあった。
「大学生の事故の2日後に襲われたグループは、土饅頭の近くを歩いたことによる追い払い行為ではないか」と。
ヒグマでなければ真実はわからないが、数多くの研究からわかっていることと照らし合わせてみたとしても、
1件目は、捕食行動による事故
2件目は、食料を奪われることを回避するための事故
と位置付けることに大きな疑問は抱かない。
■2件目は防げたのか
1件目の事故が起きた直後に、ヒグマによる事故であることが分かっていたのなら防ぐことができたのかもしれない。
しかし、発見されたのは事故発生から4日後。更にヒグマの捕食が確実になっていたのは、約1か月後のこと。
それまでは、推測で展開するほかないのだがあ、推測というのは非常に難しい。
「断言できないこと」という点だ。
断言できない状況で、なかなか強い拘束力を伴う指導は難しいし、簡単に聞き入れることができないというのは、誰しもが経験をしたことがあるのではなかろうか。
※事例は違うが、津波注意報や津波警報が発令されたときの行動などを少し考えてみてほしい。
【大千軒岳ヒグマ事故発生のフロー】
0日目:1件目の事故発生
2日目:2件目の事故発生
4日目:1件目の事故被害者およびヒグマの発見
約1か月後:ヒグマの体内から1件目の被害者のDNAを確認
1件目発生の段階で、ヒグマの痕跡が大いにあったのなら、「ヒグマによって行方不明か?」と言えても、根拠に乏しかったり、変に不安を煽ることになる。
となれば「山で遭難」という表現になってくる。
注意がなされるというのは気持ち良いものではないし、なんなら嫌われることのひとつだろう。
しかしどうだろう。
これから登山をするという山の登山道に張り紙がなされている
A「山に遭難者あり」
B「ヒグマによる行方不明者発生の恐れあり」
どちらの注意喚起が強い印象を与えるだろうか。
迷うことなくBだろう。
しかし、0日目ないし、遭難が確定してすぐの段階で「B」の啓発を行うことができるだろうか?
■リスクを背負う勇気と、リスクに寛容になれる消費者の心構えの醸成
啓発文を登山道入り口などに掲示することは、物理的にはできるだろう。
しかし、「単独遭難」か「ヒグマなどの外的要因による遭難か」なんなら「下山後のトラブルか」は判別つかない、「可能性がある」という段階で「ヒグマによる行方不明者発生の恐れあり。一時登山禁止」と啓発するには勇気が必要だろう。
なんの勇気か?
「可能性の段階遭で楽しみを奪うな。自己責任で楽しませてほしい」といった意見を真正面から受け止める勇気だ。
気持ちはわかる。その日のために準備をして挑む。
そんな日が禁止となれば。愕然とするのもうなずけます。
でも、事故が発生したら自己責任では済むはずがない。
そして、普段よりも、命を落とすリスクが非常に高まっているということを、消費者は理解しなければならないと思っている。
自然を消費する権利は主張しても良いと考えるし、守られるべきだと思っている。
しかし、それは平常時に限ってで良いと思う。
管理という表現を嫌う人は一定数いる。
それは、日常的な社会生活の中にある管理、すなわち「拘束」という意識からだと思う。
でも、自然下での管理は違う。何にも代えられない「安全のため」の管理。消費者の安全だけでない、助けに行くことになった場合の関係者やその家族への安全を担保するための管理となるはずだ。
もちろん、自分の幸福追求はどんどん追求していくべきだと思う。
だがその幸福に比例して、「携わる人の幸福にも視野を広げること」ができるくらいの器量を持ち合わせていきたいところだ。
そして「調査の結果、現時点ではリスクが確認されなくなった。しかし油断はしないでほしい」というアナウンスが出ても、「調査してくれた。ありがたい」という感謝の気持ちを管理者に向ける文化の醸成を願いつつ、私自身もその意識を高めていきたいものだ。
■酷似点は、短期間で極端なアプローチが続いたこと
【大千軒岳ヒグマ事故発生のフロー】
0日目:死亡事故発生
2日目:グループへの襲撃事故発
【羅臼岳ヒグマ事故発生のフロー】※大きく行動が変わった日を0日目とします。行動の変化はこちらを参照ください。
0日目:付きまとい
2日目:クマスプレー噴射も付きまとい
4日目:事故発生
大千軒岳での事故は過度な接近した日である0日目で事故発生となっており、事故発生前のヒグマの動向が確認されていませんが、もしかするとー2日目とかに人との遭遇がなかっただけで、「登山道に居座っていた」など行動の変化があったかもしれません。
山に限らず、短いスパンでヒグマが頻出する場所は、「ヒグマが何かを学習し、執着している」と言えます。
居心地が良いだけなのか、獣道で生き物を捉えやすいのか、それとも楽に餌をとることができるのか。
詳細はわかりませんが、短いスパンでヒグマが頻出しているようなエリアへの踏み入れは、注意するのではなく自粛するのが賢明な判断だと考えています。
「かもしれないなら言うな」というのもごもっともです。
でもなぜ言うのか。それは「リスクを考慮して悪いことは何もない」という観点からです。
「リスクばかり考えていたら何もできない」という主張をする方もいますが、それもまた理解はできます。
でも、あなたの知らない第三者が「現状リスクが大きく、そのリスクも排除できていない状況。その状況でトライして事故発生。大規模救助事案に発展」などになった場合、「いまは止めておけよ」って少しでも思われた方。
自分自身の行動の時にもその第三者的視点で行動を見つめなおせると、悪い結果には結びつかないかもしれません。
■短期間頻出するヒグマ—学習と執着が招く高リスク
研究者の目線、消費者の目線、管理者の目線で見ている世界が違います。
消費者の目線から考えられる対策を考えてみました。
STEP1:頻出地点の特定と警戒開始(同じ場所に連日現れる段階)
【想定ケース】
・同一登山道、同一ポイントに短期間で複数回出没
・休息、採餌、通過が繰り返し観察される
【対策】
・現場確認と記録:出没日時・位置・行動を詳細記録(GPS・写真)
・初動の注意喚起:登山口・観光案内所・SNSに「同一地点で頻出」の事実を速報
・現地巡回強化:頻出時間帯を重点的に見回り、必要に応じ監視カメラを設置
STEP2:危険接近行動の警告と制限(付きまとい・進路妨害が始まる段階)
【想定ケース】
・ヒグマが登山者を一定距離追随、進路を妨害
・威嚇(立ち上がり・唸り声)や興味行動が見られる
【対策】
・即時避難:通報登山者は進行方向を変え、距離を確保
・危険レベル引き上げ:登山口・案内板に「付きまとい事案発生中」の掲示
・部分的立入制限:当該ルートや周辺の一時閉鎖を検討
STEP3:積極的忌避と個体管理対応(危険行動が固定化した段階)
【想定ケース】
・頻出や付きまといが続き、危険性が固定化
・餌資源や特定行動(捕食・採餌)に執着
【対策】
・専門家による現場介入
・猟友会、野生動物管理者による危険排除
・登山道の一時閉鎖