羅臼岳。ヒグマの親子の行動変化を追う

私自身は2025年に入り、羅臼岳には踏み入れませんでしたが、ここ3週間でと友人3組が羅臼岳へ。
3組ともヒグマを目の当たりにしていたそうですが、その目撃したヒグマには共通点があったので少しまとめてみます。

親子のヒグマ

ここ1-2か月、羅臼岳の登山道付近には子ども2頭連れのヒグマの親子の姿が観察されていました。
必ずしも同一個体とは言えませんが、共通項が多いので、ここでは同一個体と位置付けて綴ります。
登山道に限らず、登山道からほど近いエリアでども2頭連れの親子ヒグマの目撃が多くありました。
その子グマはまだ0歳と推察でき、親クマからそう遠くへは単独で行動しないとされますが、人間の子どもと同様で、ウロチョロするような行動が多くあり、親に咥えられ連れて行かれることも。

さて、今回の登山道でのヒグマとの人身事故については、どういう個体だったのか明確にはなっておりませんが、ここ1週間で危険な事象は起きていました。


今回は子ども2頭を連れているヒグマとして仮定して話を展開していきますが、そもそも違うかもしれません。
でも「こういう事実があった」ということと、「こういう展開も過去の事案から考えられる」という形でつづります。

 

エビデンスはどこに?

「羅臼岳のヒグマは人に執着しない」なんて言われることが多くありますが、エビデンスは特になく、素人の流布によるものが強いとされます。

研究されている方とヒグマの凶暴性などについて話すと「被害を起こしていない状況下であれば穏やかな個体とも言える」と話しつつも、「ヒグマを見続けたってどういう個体かなんでわからない。一面を思い込みとして知ることはできるかもしれないが、人間と同じく、温厚だった人も何かの拍子で激昂することもある。ヒグマでも起こり得るだろう」と。

なので、「過度な思い込みはしなし」ということと「根拠というものを大切にしたい」というのがありますね。

ヒグマに起きた4つの変化

エビデンスはないですが、羅臼岳に登ってヒグマを見ても怖い思いはしたことないです。
しかし、時々「ヒグマに付き纏われた」という事案が発生するので油断することはありません。

知床では時々、カメラマンが「ここのヒグマは穏やかな性格だ」なんて話す方もいますが、それにはエビデンスはなく、「凶暴性を持ち合わせているがその面を見ていないだけ」「ただヒグマから関心の対象になっていないだけ」というほかの説を拭い切ることはできないのです。

さて、今回書いた変化というもの。それは「人間と過ごす時間」
野生と人間との共存の仕方に変化が起きていたように感じました。
ここ2-3週間で羅臼岳に登った友人3組の話しからヒグマの変化を見ていきます。
※ヒグマに出逢ったSNS投稿などを加味して綴りたいと思います。

STEP1 親子のヒグマを見かける機会が増える(友人情報)
例年に比べると、2025年は比較的ヒグマに遭遇する機会は少ない状況にありました。
しかし、2025年7月中頃から子ども2頭を連れている親子のヒグマが登山道で遭遇されやすくなってきたのでした。
当初は見かけても遠目であったり、登山道をそそくさと横切ったりという行動だったそうです。
知床半島においては、多くある事象とは言えずとも比較的あり得ることで、特筆するようなことではないと考えます。

しかし、7月下旬から8月始め頃、少し動きが違ってきたという報告がありました。

STEP2 登山道ないし脇にとどまる(友人情報)
これまでにあった「見かけた」という遭遇から、「滞留していて臨んだ動きができなくなった」というものでした。
餌となる虫などがあったのかもしれませんが、人の気配を感じると見えないところに歩いて行っていたヒグマが、人が見える場所に滞留するようになっていたそうです。
ただ、ヒグマが登山者に近づいて来ることはなく、手をたたりたり声を出すことを続けているうちにすぐに姿が見えなくなるような状況だったとのこと。
私はヒグマの研究者ではないですが、道東、胆振・日高、道南とヒグマを10年間ほど観察している者として、「同一個体であるからこそ人の動きを掴んできた(ここを歩く生き物の一種としてなど)※1」のだろうという印象を受けたのです。
※1 ヒグマに対して抱いた印象
「なにやら開けた場所(登山道)を移動する生き物(人間)がいる。でも、そこからはみ出してくることはないけど、なんだかうるさいな」といったところなのかな?というもの。

そんなとき、「8月9日に登山しにいかない?」と誘われてたのです。
私は、上記のような経緯があることを伝え、断りを入れました。
友人は9日に決行し、ヒグマと遭遇。
「登山道を行ったり来たりする素振りがあったけど、怖い思いはしなかった」と話してくれました。

しかしその次の日の8月10日のことです。

STEP3 人間という生き物に過度に興味を示す(SNS情報)
「羅臼岳登山道でヒグマが人に3~4mまで接近する事案が発生。クマスプレーを構えたまま後退し、接近するクマをやり過ごした」という情報が共有されましたのです。

ここで気になったのは、ブラフチャージという威嚇行動があったわけでものなく、3-4m付近まで接近してきた行動。
詳細は不明ですが、エンカウント(偶然の遭遇)だったのかもしれません。
3-4mほどの距離でのヒグマとのエンカウントで、何事もなかったのは相当幸運だったとしか言えないかなと。

過去の経験上、不用意にヒグマのパーソナルスペースに侵入した場合、「ヒグマが立ち上がって周囲を観察する」「対象物に対して姿勢を低くする」「歩みに合わせて近づいて来る」「ブラフチャージ(威嚇突進)」というものを経験してきました。

そのような経験から、仮に3-4mほどまでの接近が、一気に距離を詰めることなく、静かに付きまとうようにストーキングしてきたのなら、人間に対する恐怖心を失っているだけでなく、「何かの拍子に射止める気だったのではないか」と考えます。
理由はわかりません。
鬱陶しいからなのか、餌を求めているのか、子どもが遊ぶ道具が欲しかったのか。

STEP4 餌がなくても滞留し、攻撃を受けても人間という生き物に付きまとう(友人・SNS情報)
STEP3が起きた2日後の話。
誘われた友人とは異なる友人が羅臼岳に。
下山後に感想を聞くと「登山道からヒグマの親子が離れなくて怖かった」「時間を大幅に失った」と。
逃げるような素振りはなく、ただウロウロしていたと。
この出遭った場所も2日前の8月10日の話も場所はほぼ同じ。
個体も同じでしょう。
明らかに行動が変わったのと、「餌があるから滞留しているわけでない」ということが分かります。
ならなんなのでしょうか?
居心地が良い。人間を気にしなくなったとは言え、何か騒々しいのを好むとは思えません。
離れられない理由があった。過去に、子どもなくした親クマがその場から離れず滞留したという事案もあります。
離れたくない理由があった。自分の餌だと認識するとすぐに食べなくても近くに滞留し続けることもあります。

ほかにも理由はあるでしょう。

12日はこれだけではありません。
ヒグマからの回避行動に効果的だとされる唐辛子成分(カプサイシン)入りのクマスプレー。
そのスプレーの噴射を受けても、付きまとうヒグマがいたという報告です。
そのヒグマは、単独個体なのか、前述の親子なのかは定かになっていません。
しかし、友人が遭遇したヒグマの親子、そしてスプレーを受けてもなお付きまといをしたヒグマ。
ともに同じエリアでの出来事です。


スプレーを受けてもなお、付きまといわ続けたという情報を聞いて感じたことは、「意地でも人間という生き物に近づきたい」ということです。
ヒグマに対して、スプレーを噴射したのは1度のみ。
その時は、スプレーの効果か分かりませんが、ヒグマは退避してくれました。
私に対しての執着の度合いが、スプレーの噴射と比較して上回ることがなかったのでしょう。

ヒグマがリスクを冒してでも、人間に近付く行為。

答えはヒグマのみぞ知る

リスクを冒してでも人間に近付く執着心を見せたヒグマ。
何があったのか。
過去に体験したこと、発生した事案などから考えてみたい。
1.どうしても栄養となるものが欲しい(専門家談)
2.近くに亡骸などがあり近づかれたくない(過去の事例)
3.雄のヒグマに追われていた
(実体験)
なのかもしれない。

1.どうしても栄養となるものが欲しい
秋になると、栄養源となるものは豊富になってくるが、今の季節はヒグマにとって厳しい季節だ。
聞いた話だが、餌に困ると「人家の周辺に出没したり、なりふり構わない行動に出る傾向がある」と聞いたことがある。
そのエビデンスは、そういう個体が捕殺され研究されたとき、脂肪を蓄えている量が少なかったり、胃・腸の内容物がほぼ何もないなんてことからだそうだ。
空腹であり、同じ行動を繰り返す生き物(登山道の往来)は捕食しやすいだろう。

2.近くに亡骸などがあり近づかれたくない
過去に、冬眠穴の近くを通った人がヒグマに襲われた事故があった。
その際、冬眠穴の周辺に、子熊の亡骸が確認できたそうで、「子どもを守る行動のため発生した事故ではないか」という見解が出たこともある。
連れていた子熊が何らかの理由で登山道脇で絶命していたら、通りがかった人間を敵とみなし攻撃したかもしれない。

3.発情期の雄のヒグマに追われていた
ヒグマから近づいて来るという経験もあるがこの経験は一度のみ。
車で走行中、1頭の小柄のヒグマが正面から現れた。
後続車両もいなかったので、ブレーキを踏むと、よだれを垂らしながら、こちらに見向きもしないで走り抜けていった。
車を通りすぎた後、路上に糞をしていったので食性を確認しようと社外へ。
すると何か視界に飛び込んできた。
大きなヒグマが低い声を出しながらよだれを垂らし、仁王立ちするヒグマの姿。
明らかに大きくオスの個体だろう。
発情していたオスがメスを追いかけていたシーンだった。

メスのヒグマは子どもを連れている限り発情しないと言われている。
子孫を残したいオスからすると、子どもは邪魔で仕方がないというわけだ。
しかし、メスのヒグマはオスから子どもを守ろうとする行動をとる。
戦うような姿勢を見せたり、走って逃げたり。
逃げた先に不幸にも人間がいたら、襲うつもりがなくても手をかけられてしまうということがあるかもしない。

こうやってケースを考えてみたが、今回の事故は登山道でヒグマに襲われ、登山道の脇の藪に引きずり込まれたという報道がある。
2や3といったケースでは、その場で完結する事案と言える。
ヒグマが物を動かすという行動が見られるのは「大切なものを隠すときがその一つ」というのは研究からわかっています。

絶対にしないようにしましょう


ヒグマは学習能力が非常に高い生き物とされ、執着心もまた非常に強いとされています。
もしこの個体が、登山道を往来する人間の姿を見て、またスポーツドリンクや食事など人間の世界の食べ物の気配を感じ取り、魅力に思っていたとしたならば。
「いよいよ餌がない」となったとき、それを頼らずにはいられなかったのかもしれません。 

「自分は大丈夫」かもしれませんが、自分がしたことが要因となって、何か被害を生むということはあり得ます。
野生動物への餌やりは絶対にしてはなりません。
野生動物が人間は餌をくれる生き物という認識を持ってしまったとき、それは野生の崩壊の瞬間です。

最後に

今回は、ヒグマに実際に出合った友人やSNSへの投稿、そして、小林がこれまでに体験したヒグマとの出合いから事実のとりまとめや考察をしてみました。
断言できる者は研究者でもいません。
なぜなら、生き物のことは生き物自身にしかわからないから。

とはいえ、人間は仮説を立て、その仮説に向かって進むこともできれば、回避ししようとすることもできる生き物です。
なので、私はこのような事案が発生していたのなら、生き物はこういう行動をとるかもしれない。
根拠は過去の経験則からですが、自分だったらどう考えるか。

ただ「怖い」であったり、「ヒグマがいる山に入ることが間違っている」といった短絡的な思考ではなく、登山者としてまた行政や組織としてどういう行動をしていくことが望ましいのか。

建設的な思考でこの事件を見つめていき、被害に遭われた方が速く救助されること、そして次なる事故の発生がないことを祈ります。

p.s.
8月14日も友人の姿は羅臼岳にあった。
しかし、登山道脇をうろつくヒグマを発見し、滞留を確認。
状況が変わらないことから、早々に下山を決めたそうだ。